起業 成功 失敗

初めまして「洸(こう)」と言います。

僕は当サイト(HEART STORY)の管理人をしております。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

これから僕のプロフィールを紹介するので、

HEART STORYを運営している人がどういう人物なのか?

是非、知っていただけたらな~と思います。

山口県下松市に生まれる

起業 成功 失敗引用元:http://kudamatu.net/

平成6年。山口県の下松市に生まれます。

兄弟は男3人。

僕はその中の真ん中っ子です。

↓ちなみに僕の幼少期はこんな感じ(笑)

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山口県は幕末の有名人が数多く輩出された県。

総理大臣も数多く輩出されています。

安倍晋三首相(2018年時点)も山口県の出身ですね。

安倍総理の出身は長門市(山口県西部)ですが、

下松市は山口県東部に位置しています。

広島寄りと考えてもらったら分かりやすいかも。

山口県は、日本の歴史を大きく変えた明治維新の発端の街。

時代を大きく変革した背景には長州藩があると言えるくらい、

誇り高き街だな~と思います。

学生時代は吹奏楽部でした

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※マイ楽器です(笑)

そんな僕ですが、

学生時代は、ずっと吹奏楽をやっていました。

楽器はトランペット。

小学3年生から始めて、高校3年生まで吹奏楽を続け、

高校卒業してから、1年ほど社会人バンドに入ってました。

合計すると10年のキャリアです(笑)

めっちゃやり込んでるな~

ちなみに、昔の演奏を残した動画があります(笑)

いまはもうだいぶ吹いてないので、

この演奏はできないと思います。

吹奏楽部では、県の代表として中国大会に出場してました。

今思えば、本当にいろんなことがありましたね~

吹奏楽部は基本的に女子が多いので、

中学時代は女子と衝突したり、喧嘩したり(笑)

その一方で、みんなと一緒に誰かの家に集まってスマブラ(任天堂のゲーム)をやったり、

楽しい思い出がいっぱいあります。

合宿で海に向かってトランペット吹いたり、

いろんなイベントやコンサートに参加して、

仲間と一緒にワイワイしたり。

いろんなコンクールに出たり…

めっちゃ楽しかったな~

しかし高校時代に人生が暗転する

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しかし高校時代に、僕は人間関係で大きな失敗をし、

人生が一気に暗転してしまいます。

当サイトに掲載している記事でも、高校時代の話は頻繁にしてますが、

とにかく「後先考えずに行動する癖」がありました。

普通、周りの空気を読んで、相手の気持ちを読んで、

そこから自分の行動を選択するはずなのに、

僕は相手の気持ちも場の空気も全く読まず、

衝動的な行動に走るという(笑)

まるでロケットみたいな性格をしてました。

しかし、それが原因で、悪目立ちしてしまい、

高校入学して数カ月で学年中に名前が広まるという事態に陥ります。

同級生の中ではかなり浮いてましたね~

具体的に何をしてしまったのかというと、

当時流行り出したブログで変なポエムを発信しまくったり、

生まれつきおでこが広いのに、

ある日突然坊主にしてしまったり。

どちらも高校1年生の時にしてしまったことなので、

高校2年3年に上がるにつれて、自分で自分の首を絞めてしまってましたね。

高校2年の半ばまで友達もできず、

1人ぼっちでした。

全員が全員、僕を馬鹿にしてきたりしてたわけじゃないですが、

当時は、自分のことを否定してくる人のことだけで頭がいっぱいになってて、

僕に優しく接してくれる人の愛情を素直に受け取ることができませんでした。

僕の存在を察知するとすぐに馬鹿にしてくるような人が、

学校に何人もいたので、

移動教室とか体育とかで、

教室から外に出るのが、めっちゃ怖かったですね。

だから「俺って愛されてたんだな~」と思えるようになったのは、

高校を卒業してから、5,6年経ってからでした。

それまでは高校の卒業アルバムすら開くのが怖く、

高校時代の自分と繋がってる人との関係性を、

衝動的に切り捨ててましたね。

せっかく高校時代に仲良くしてくれた友達とも、

自分から関係性を切ってしまったり。

今となってはかなり後悔してる。

ホントごめん。

起業 成功 失敗 起業 成功 失敗※いつも行動を共にしてた友達。

卒アルを見たら、

普通に友達と一緒に歩いてるのにな…

だけど当時の自分は、友達の愛を素直に受け入れる余裕が全くなく、

安心して繋がってる感覚が全くなかった。

何だろう。

とても複雑な気持ちだ。

高校卒業後、起業する

起業 成功 失敗

高校卒業後、一旦は予備校に通ったり、

資格の勉強に励むも、

高校時代のダメージがあまりにも酷く、進学と就職は断念しました。

その代わり、起業を始めました。

19歳の頃でしたね。

当時は、貯金もゼロ、パソコンもなし、知識や経験も皆無でした。

何をどうすれば稼げるのか?

全く分かりませんでした。

しかし、高校時代の挫折がかなりの怒りエネルギーを生んでくれたので、

その勢いで、がむしゃらに走り続けました。

まずはバイトを始め、お金を作り、

パソコンを買ったり、Wi-Fiを契約したり。

余ったお金で本や情報商材を買って、ひたすら勉強したり、

セミナーやイベントに参加して、

情報収集に没頭したりしてましたね。

当時は1日も精神的に休まることなく、

パソコン作業をしまくってました。

起きてすぐにパソコンを開き、

寝るまで、休憩をろくに挟まずパソコン作業をしてました。

その結果、

20歳の頃には、

Twitterのフォロワーを15万人」集めて、

パソコン一台で月10万円を稼げるようになってました。

しかし、それだけでは収入が不安定ということもあり、

新たにサイトアフィリエイトを始めます。

債務整理というジャンルでサイトを作り込み、

21歳の頃には月70万以上を安定的に稼げるようになりました。

しかし、どれだけ頑張っても、

高校時代の挫折が消えることはありませんでした。

当時の悔しい気持ち、怒り、

何もできなかった弱い自分という惨めな存在。

全く消えませんでしたね。

だからその嫌な感情を消したくて、

さらにパソコン作業を頑張るわけです。

そのおかげか、22歳の頃には「月90万」を稼ぐまで成長し、

法人化も成し遂げましたが、精神的ストレスがピークに達し、

パニック障害」を患ってしまいます。

毎日死の恐怖が僕を襲ってきて、

人生のどん底でした。

パソコン一台で、時間にも場所にも人間関係にも縛られない生活をしていたにも関わらず、

僕の精神は、安定を取り戻すどころか、

かなりの不安定状態に陥ってしまったのです。

パニック障害の克服に200万円使う

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幸い、当時の自分には収入と貯金がありました。

パニック障害になってた当時は、

とにかくヤバい状況だったので、

今しかない」という勢いで、一気にお金を使いました。

ちなみに、認識技術以外のカウンセリングや技術は、

中途半端にしか人間の内面を深掘りできない気がしたので、

敢えて避けました。

当時はパニック障害の最中で、ちょっとでも変なことをすると、

途端に死の恐怖が襲ってくるくらい、

身動きが取れない状況でした。

だからこそ、お金を投資するなら、

人間の内面を「脳の外」から解ける認識技術だな~と思ったのです。

その結果、僕はパニック障害を半年・薬なし・医者いらずで克服できました!!

⇒僕のパニック障害克服体験談を8000文字でまとめてみました!

僕の人生が明転した瞬間でしたね。

認識技術を通して、自分自身の”たった1つの動き”も発見し、

“たった1つの動き”から、全ての悩みを整理することができたので、

パニック障害を含め、高校時代の挫折も克服することができました。

もしこの記事を読んでるあなたも、何かしら悩みを抱えてるのであれば、

“たった1つの動き”が全ての悩みを作り出してる」ということだけ、

頭に入れておいてもらえたらな~と。

ちなみに”たった1つの動き“を発見して悩みを突破するなら、

無意識エンジン発見カウンセリング」を受ける必要があります。

このカウンセリングは、僕が200万円投資した中で1番おすすめしたいカウンセリングなので、

興味のある人は、是非チェックしてみてください。

《動画》変化ストーリーを動画でまとめてみました




パニック障害を克服したあとの話(現在地)

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パニック障害を克服した後は、

精神的にも順調に回復し、スッキリワクワクの毎日を送れています。

認識技術で心も体もスッキリ健康になった僕は、

新しい挑戦として「音楽活動」を始めました。

バンド名は「キミヨル」です。

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※アーティストっぽくカッコつけてます(笑)

⇒キミヨル-オフィシャルサイト

僕は作詞とリーダーを担当しています。

基本的にステージに立って歌うことはありませんが、

チームのリーダーとして、

陰からチームを支えています。

役割的には、リーダー、作詞、

そしてマネジメントやセルフブランディングなど、

マーケティングの知識を要する役割を担っています。

キミヨルの曲

経営活動もバリバリやってます(笑)

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22歳の頃、法人化直後にパニック障害になってしまった僕は、

ずっと経営活動を中止してました。

しかし、認識技術でパニック障害を克服してから、

心も体もめちゃくちゃ元気になり、

昔以上にエネルギーが沸き上がるようになったのです(笑)

僕は19歳で起業し、現時点(2018年)で起業5年目ですが、

認識技術を学ぶ前は、

お金や時間の自由があっても、心はずっと苦しかったですね。

ですが、認識技術で”たった1つの動き”を手放してからは、

スッキリワクワクの状態で、昔以上にエネルギーが沸き上がるようになりました。

認識が解けたことによって、

経営活動そのものが大きく変化しました。

とにかく認識技術のおかげで、

僕が元々持っていたポテンシャルが一気に開花して、

何もかもが変化しました。

認識技術は本当にヤバい(笑)

株式会社洸では、認識技術の魅力を発信中

僕は「株式会社洸(こう)」という会社を経営しています。

自分のニックネームを、そのまま会社名にしてます(笑)

僕の会社では、今も昔も変わらず、

メディアサイトを使ったネット集客」を、メインのビジネスにしています。

昔は、Twitterのフォロワーを15万人集めてアドセンスサイトで稼いだり、

債務整理という法的に借金を減らす手続きをテーマにしたサイトを作ってアフィリエイトしたり、

メディアサイトを使ったビジネスで生計を立ててました。

いまはTwitterも債務整理のサイトも売ってしまいましたが、

メディアサイトの運営は今も続けています。

それこそが、このサイト「HEART STORY~1人1人の心の体験が輝く時代へ」になります!

1人1人の心の体験が輝く時代へ…

これからの時代は、認識技術が台頭する時代になると僕は確信しています。

認識技術は、あなたの心を癒す技術。

あなたの心を癒し、あなたの可能性を爆発的に引き出す道具です。

これまでも、認識技術を通して、

いろんな人が心の体験を経験してきました。

「HEART STORY」では、そんな1人1人の心の体験が輝く時代になるようにと願いを込めて、

いろんな体験談を発信しています。

僕は認識技術を通して、今の世の中を変えていきたいと考えています。

そのために、1人でも多くの人に認識技術と出会ってもらい、

悩みを突破してほしいなと考えています。

そんな想いで、

僕は「HEART STORY」を立ち上げ、認識技術の魅力を発信することにしました。

ということで、

長くなりましたが、

以上が僕のプロフィールになります(笑)

ありがとうございました。



⇒起業の成功・失敗に振り回されない心を作る無意識エンジン発見カウンセリングとは?

1つでも当てはまる項目があれば要注意

HEART STORY ハートストーリー

  • どのサイトを見ても似たような解決策ばかり書かれている…
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1つでも当てはまる項目があれば、

あなたの悩みは絶対に解決しません。

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洸

代表取締役株式会社洸
山口県出身/平成6年生まれ/株式会社洸 代表取締役社長/「HEART STORY」管理人/無意識エンジン発見カウンセリング資格取得者/HEART TRANSLATOR(心の翻訳家)/19歳で起業をし22歳で法人化。しかし法人化直後、突然死の恐怖(パニック障害)に襲われ始める。その後、200万円を投資して、いろんな治療法を試す中、認識技術(nTech)で、死の恐怖(パニック障害)を半年で完治させることに成功。現在は「HEART STORY」で、認識技術(nTech)の魅力を発信しながら「キミヨル」というバンドで作詞&リーダーを担当している。株式会社洸の経営理念は「作詞で世界を救う」※さらに詳しいプロフィールを見たい人は名前をクリックしてください。